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「光と影」「善と悪」二元性について


「光り」とか「善」とか

「良いこと」とか「ポジティブ」とか

それだけを求めよう、体験しようとする風潮がありますね。

でもね、、

闇がなければ光りは存在しないんですよね。

悪のない善も存在できない。

ネガティブがあるからポジティブも在る。


正しいがなければ、間違いもない。

物事を正しいと決めた瞬間に、それ以外が間違いになる。


悪役がいなければ、正義の味方も存在できず、

魔王がいなければ、勇者も必要ないですね。


「魔法陣グルグル」という大好きな漫画(アニメもあります)が、

印象的なセリフがあります。

主人公の勇者「ニケ」のお父さんは、若い頃に勇者に憧れ、勇者になりたかったのです。

でもなれなかった・・。なぜかというと・・

勇者になりたがらない息子のニケに対してこのように言います。(うろ覚えです)

「私も若い頃は勇者になりたかった!

でも肝心の魔王がいなかった!!

今は魔王がいる!幸せだ!!」


それを聞いたニケは呆れながら

「魔王がいてどこが幸せなんだよ・・」

と言います。

大笑いしましたが、真実を突いたハッ!とするセリフです。



さて、光りの画家といわれるレンブラントの光りが美しいのは

陰影という闇をしっかりと描いているからです。


もしも世界に光りしか存在しなければ

物の形を見ることはできません。

それは漆黒の闇の中にいることと同じです。


光りが鮮やかに強烈に見えるのは、それだけ深い闇が描かれているからですね。


ですから、もしもあなたが「光り」を体験したければ

「闇」の体験も同時にすることになります。


「ポジティブ」を味わいたければ、その前に「ネガティブ」を味わうでしょう。


なぜならば、「闇」や「ネガティブ」があるからこそ、「光り」や「ポジティブ」を認識できるからです。


ネガティブになって落ち込むということは、それだけポジティブな状態を知っているということでもあります。


つまり、ポジティブだけという人も、ネガティブしかないという人も、存在しません。


一方だけを否定して、もう一方だけを肯定することは不可能なのです。

両方の存在を認め、受け入れることこそが唯一可能であり、

苦しみからの解放への道となることでしょう。

道

今日もお読み下さり、ありがとうございます。゜。(*-ω人).゜。

☆*:;;;;;:*☆ТНАΝК У○∪☆*:;;;;;:*☆

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