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不幸であっても気にしない


「不幸であっても気にしない」

この言葉を初めて知ったのは、エックハルト・トールさんの「ニューアース」を読んだ時でした。
もう10年くらい前だったでしょうか。

そのときにはその感覚がまったくわからなかったのですが、とても印象深く、ずっと頭の片隅に残っていました。

そして、あるとき突然その感覚が腑に落ちる体験をしたのですが、まずは「ニューアース」から引用しましたのでお読みください。

少し長いです。
  ↓
「いまに在る」こと

三十代の女性が私に会いに来た。
初対面の挨拶で早くも、彼女の表面的な微笑みと礼儀正しさの奥にある苦痛が伝わってきた。
話し始めるとたちまち微笑みは消え、苦しげな表情が現れた。

さらに彼女はこらえきれずに泣き出した。

~中略~

だが 自分の苦しみは自分自身から発している、自分の重荷は自分自身だ と、どこかで気づいていたに違いない。

目覚めの準備はできていた。だから私のもとへ来たのだ。

私は、身体の中で何を感じているかを見つめてごらんなさい、不幸な思考、不幸な人生の物語というフィルターを通さずに、直接に思いを感じてごらんなさい、と勧めた。

自分は不幸から脱出する方法を教えてもらいに来たので、不幸に沈没するために来たのじゃない、と彼女は言い返したが、とにかくやってみると答えた。

やがて涙が溢れて、身体が震えだした。

「それが、あなたの今の思いです」と私は言った。

「それが今のあなたの思いだという事実は、どうすることもできません。

では、こんなのは嫌だ、そうじゃない状態になりたい、と考えるのをやめて

(そんなことを考えても、すでにある苦しみにさらに苦しみが重なるだけですからね)、

今の思いを完全に受け入れることはできますか?」。

彼女はしばらく黙っていたが、ふいに頭を上げ、そのまま立ち上がって帰りそうなそぶりで荒々しく言った。

「いいえ、受け入れることなんかできません」。

「そう言っているのは誰ですか?」。私は問い返した。

「あなたでしょうか、それともあなたの中にある不幸でしょうか?

不幸な自分を思って不幸になる、

それがまた不幸を積み重ねているのがわかりますか?」。


彼女はまた沈黙した。

「何かをしなさいと言っているのではないんですよ。

ただ、現にある思いを認めることはできますか、と言っているだけなのです。

奇妙に聞こえるかもしれませんが、言い換えればこういうことです。

あなたが自分の不幸を気にしなくなったら、

その不幸はどうなるでしょうね?


やってみてはどうですか?」。

一瞬きょとんとしていた彼女は、しばらく口を開かなかった。

私はふいに彼女のエネルギー場が変化したのを感じた。

「おかしいですね。

私はいまも不幸ですが、

でもその不幸のまわりにスペースができたみたいです。

前ほど重大に思えなくなりました」。


不幸のまわりにスペースができた、こういう表現を聞いたのは初めてだった。

もちろんそのスペースは、いまこの瞬間に経験していることを全面的に受け入れたときに生じる。

~中略~

やがて彼女は、自分の中に生きている古い苦痛の感情に自分を同一化をするのをやめたとき、 そしてそれに抵抗せずにただ見つめたとき、それはもう彼女の思考の支配者ではなくなり、

心のなかでつくりあげた 「不幸な私」 という物語の一部でもなくなる、と気づいた。

彼女の人生に過去を乗り越えた新しい側面が 「いまに在る」 という側面 が現れたのだ。

不幸な物語がなければ不幸ではいられないから、これで彼女の不幸は終わった。

それは彼女のペインボディの終わりの始まりでもあった。

感情そのものは別に不幸ではない。

感情に不幸の物語がくっついたときにだけ、不幸になる。


エックハルト・トール著 「ニューアース」 P179~抜粋


いかがでしょうか?

頭でも、感覚的に理解できなくても、ピンとこなかったとしても、とても印象深いエピソードではないでしょうか?

さて、この感覚が腑に落ちたときの私は・・

感情的な辛さや苦しみが、ピークに達していたときでした。

この女性と同じように、「もう無理・・とてもじゃないけど耐えられない・・」という状態でした。

そのとき、

「不幸であっても気にしない」

という言葉に再び出会いました。

ハッ! としました。

瞬時に「ニューアース」を思い出し、その瞬間に、それは起きました。腑に落ちたのです。

私の苦しみと辛い感情、悲しみ、それらの不幸な感情と物語が、一気に私から外れたのです。

「スペースができた」という表現がありましたが、私の場合もそれに近い感覚・・

私と「不幸」の間に、瞬時に50センチほどの距離が空いた感じでした。

私の身体の中にあった強烈な 「不幸な感情とストーリー」 が、その瞬間に外に飛び出したという体験でした。

文中に

私はふいに彼女のエネルギー場が変化したのを感じた。

とありましたが、私も瞬時に身体が軽くなり、目の前が一気に開け、すべてが輝いて見えました。

そのときの言葉には続きがあります。

「不幸であっても気にしない。

気にせずに、今やるべきことを淡々とやる。

そうしているうちに、いつの間にか不幸は解決していく」。


このとき

「不幸な状態や状況」 と 「私」 とは、何も関係がない

ということに気づきました。

文中にあるこの部分

自分の中に生きている古い苦痛の感情に自分を同一化をするのをやめたとき、 そしてそれに抵抗せずにただ見つめたとき、それはもう彼女の思考の支配者ではなくなり、

心のなかでつくりあげた 「不幸な私」 という物語の一部でもなくなる、と気づいた。


おそらくこれが起きたのでしょう。

同一化が終わったのです。

さて、文中の

不幸な自分を思って不幸になる、

それがまた不幸を積み重ねているのがわかりますか?


ですが、これがよくわからないというご質問を受けることがあります。

簡単に説明すると、こういうことです。

たとえば失敗したとしましょう。

「あ~、失敗してしまった!!どうしてこんなことになったんだろう?原因は?どうすれば解決できる?」

ここまでは( ノ゚Д゚) よし!としましょう。

このあとに

「こんなことで失敗する自分は、なんてダメな人間なんだろう・・」。

これですね。不幸な気持ちをさらに盛り上げています。

また別の例えですが、ある出来事があって、ネガティヴな感情を感じているとします。

「どうして自分はすぐにネガティヴになるんだろう?」

「こんなにネガティヴになる自分が嫌だ!ネガティヴな感情が嫌だ!」

これもそうです。

さらにネガティヴを重ねてしまい、悩みや苦しみを自ら増やしています。

また、

「自分はなんて不幸なんだろう。なんて可哀想なんだ。どうして自分だけがこんな目に遭わないといけないんだろう」。

このような思考はまさに

不幸な自分を思って不幸になる という状態ですね。

もっと細かく説明すると長くなりますので、この辺でやめておきます。

とりあえず皆さまも、彼女と同じように

今の悩みや苦しみや、不幸を 気にしなかったらどうなるか?

を、やってみてはいかがでしょう?

気にしなかったら???と想像してみるのです。

文中の彼女や私がそうだったように、つらく苦しい感情や不幸な感覚が、自分の血肉となっているような感じがしませんか?

それが ペインボディとの同一化 です。


気にしないとどうなるか?そんなことを想像したとして、何になるの? と思いますか?

実際にペインボディとの同一化が終わると、事態は急変します。

不幸が終わって心が安らかになるだけでなく、なぜか自然に、現実の出来事が解決していきます。

私もこのあと、それを体験しました。

出来事そのものが好転していったのです。


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今日もお読み下さり、ありがとうございます。゜。(*-ω人).゜。

☆*:;;;;;:*☆ТНАΝК У○∪☆*:;;;;;:*☆

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