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津留晃一さんのメッセージ集を紹介します


津留晃一さんという目覚めた方をご存知でしょうか?

ご本人はもうお亡くなりになっていますが、遺されたたくさんのメッセージは、わたしたちを目覚めに誘ってくれます。

今日は、津留晃一さんのメッセージ集から、ふたつのメッセージを紹介させていただきます。

( ^ω^)_凵 どうぞ

現実の創造者



 皆さんは 「自分の欲するものは誰の手を借りることもなく手にはいるのだ」 と聞かされたとき、はたしてどのようにお感じになるでしょうか? 

「あなたがこの現実の創造者」、私がお伝えしたいあなたへのメッセージはこの1点に集約されます。

 今、あなたの目の前に展開している状況は、全てあなた自身が表現した現象です。
あなたの意識のこの物理世界への現れを現実と呼んでいます。


それがあなたの表面意識によるか、潜在意識によるかは別にして、あなたの見ている、そして感じている現状は、全てあなた自身の意識を原因として顕現されたものに他なりません。
この現象世界とは、意識という原因による、結果の世界であるとも言えます。

 この宇宙に存在する唯一の法則が 「あなたの与えるものが、あなたの受け取るもの」 であると伝えられました。

あなたの与えた喜びが、あなたに喜びをもたらすように、心配事は、現実にその心配事を引きつけます。
あなたの自信の無さが、そのまま、やっぱりダメだったという現実を生み出しています。

そしてその困難な現実を、自分の思いが生み出した事を露ほども感じていないあなたは、自分の不安はやはり正しかったと自分の認識を強化してしまいます。

 それがこれまでの社会の常識であったのではないでしょうか。
「簡単にお金なんか儲かるはずがない」 という信念を私も持っていました。
人は見たものを信じ、体験したことを確信しています。

そしてその自分の体験は、実は自分の確信が生み出した経験であることを知りませんでした。

 既に量子物理学の世界では、観察者と、観察物は分けることができないということがわかっています。

見る側と見られる側が一体であるという事です。

何かを観察しようとする時、非観察物は観察者の影響を受けるというものです。
ある新薬がガンの治療に効果があることを証明しようとするとき、その実験者の意図が観察結果に強い作用を及ぼしているという事なのです。

 この宇宙に存在する根源はバイブレーション(波動)であると伝えられました。
違いは波長、波形、周波数により起こります。

全ての実在は、この根源の振動のバリエーションでしかありません。
人の違いもこの波の違いに他なりません。
肉体の違いも、性格の違いもそうです。
素粒子の違いも、原子の違いもそうです。
感情も、出来事も、時間も、空間も、そうです。

全てが根源の波形の変形でしかありません。

 そして波の性質はご存じの通り共鳴します。よく似た波形は共鳴するのです。
ギターを二つ向かい合わせて、片方のギターを鳴らすと、ならさなかった方のギターも鳴り出します。

これが共鳴現象です。

あなたの思いも振動です。

だからあなたが一番強く思ったものと同じ現実が、あなたの空間に表れて来るという事です。
最も単純な、誰でも知っている物理現象です。


 ではこれまで、どうしてこんな単純な論理が人に理解できなかったのでしょうか? 

それは見たものしか信じないという価値観ではないでしょうか。
人はなかなか目に見えないものを信じようとはしません。
そして自分の肉体の皮膚をいつも見ています。
我々の目ではそれを振動として捉えることができません。

 この皮膚感覚が、自分という意識と他を分離させています。

そして自分は小さな個体であると勘違いしてしまっているのです。

異次元からこの物理世界を眺めると、「あなたの信じたものをあなたは見ている」 というのが事実だというのです。

 「困ったなあ、今月も売上がたりなかったらどうしよう」この強い危惧の波動が、売上が足りずに困ってしまう現実を顕現します。
そしてその現実を見て、不安な自分を確信していきます。

「この競争社会でうかうかしてはいられないぞ」
「人一倍努力しないと豊かにはなれないのだ」と。
そして上司は部下に、親は子供に営々とこの認識を伝え広めてしまったというわけです。

 「自分が信じたものを自分が見る」 とはなんと素晴らしいことではないでしょうか。

これまで欲しいものを手に入れるために、いったいどれほど他人を動かそうとしてきたことでしょう。
手に入れたい状況を生み出すのに、人を動かす必要もなければ、お金が必要なわけではないということです。

 私にできない事など無いのだ、制限など無いのだ、限界など無いのだ、全ての現実を作り出しているのは自分なのだ。

誰でも、素晴らしい現実を自らの手で生み出すことができるのだ。
誰の手を借りることもなく、誰かを傷つけることもなく。

 そしてこの無限の力は、誰かには備わっているが誰かには無いという性質のものではありません。

全ての人に、平等に、初めから、備わっている力なのです。

 その事に気付く旅、その事を思い出す旅、それが人生です。

津留晃一メッセージ集「現実の創造者」 より引用


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人生はゲームである



 「あなたに一切の制限はありません」と言われたらあなたはどのようにお感じになられるでしょうか?

 私達の魂には、元々いかなる制限も制約もないようです。「無限」が人の本質であると伝えられました。

 そして私達は、実は今この瞬間も誰もが無限です。


「自分はこんな人間である」 という認識がそこにあるだけです。

自分を限定しているのは自分の思いだけです。

あなたが「自分は無限である」と信じ切ったときあなたはそうなります。

いえ、もともと無限であった事を思い出すだけと言った方が正しいでしょう。


 もともと無限であった者がルール(制限)を造りゲームを始めました。

 地球人間ゲームです。
 源へ還るゲームです。

 意識の進化ゲームです。

 身長150から200㎝ぐらいの肉体をまといます。
 脳細胞は数%だけ使用可能。
 見える範囲は全振動領域の0、001%だけに制限する。

 平均プレイ時間は80年、ただし最高は120年まで。
 ルールは厳しいがその範囲内では100%の自由が残されました。
 三次元の、超仮想現実ゲームです。

 そしてあなたは現在このゲームをプレー中です。

 あなたのハイヤーセルフは目下このゲームに夢中です。

「よくもこんな面白いゲームを考え出したものだ」と感嘆の声を上げながら・・・。

80年でゲームを達成できなかった人は、何度でも再挑戦が可能です。

好きな時代を選び、好きな両親を選び、好きな環境を選んでゲームに再挑戦します。
時には一挙に高得点をあげようと、ボディーにハンディキャップを付けて挑戦する勇敢なプレーヤーもいます。

 この地球人類ゲームは少しルールが厳しすぎたのか、ゲーム創生以来、未だに達成者が現れていないようです。

このゲームの創造主はとうとう業を煮やし、ついにカンニングを認め始めました。

これまで、目、鼻、耳、口、体、の五感だけを使ってプレーしていたものを、希望者には、第三の目や、六感を使えるよう改造し始めた模様です。

 そして全員を次のゲームステージに押し上げようとする動きが始まったようです。

その新しい舞台が21世紀に現れようとしています。

 あなたは将棋をご存じですか? 将棋では相手の王を取れば勝ちとなります。
人は誰でも簡単に相手の王将の駒を指でつまみ上げることは出来ます。

しかしその能力があるにも関わらず誰もその行為をしようとは思いません。

歩は前に一つだけ進める。香は後ろには進めない。王は一つだけならどの方向にも動かす事が出来るなど、制限を設け、ゲームが成立します。

王を取り合うゲームといっても、このルールという制限を与えなかったらゲームは成立しません。

もともと制限の無いところに制限を与えるからゲームが生み出せるのです。

 もともと無限であった存在が「無」でい続けることに飽きてきて、制限を設け、地球人生ゲームを考案しました。

無限が無限のままではゲームが成り立たないから、自らに制限を与えプレーが始まったのです。

そしてプレーに熱中するあまり、いつまでたっても、これがゲームであることを人類は思い出してくれません。

 「この地球にあるものは有限である。自分が豊かになるためには人の分を奪うしかない」

これが制限を受け入れた人間のまっとうな思考でしょう。
しかし我々人類は誰も無限です。

無限であるとは無限に産み出せるということです。
無限の創造者であるということです。

歩は一度に一駒しか進めない。だから工夫する楽しみが生まれたのです。
工夫、進歩という喜びを体験したくて制限を自らに課したのではないのですか?

 このゲームに参加したくて自ら望んであなたは肉体を持ちました。
 誰一人例外なく、喜びとして肉体を持ちました。

ハンディキャッパーもしかりです。
創意工夫という楽しみが欲しくて、自ら不自由さを産み出しました。

これがあなたが自分を限定している理由に他なりません。

あなたの勇気を称賛します。ましてや身障者の皆様に於いてはなおさらです。

 思い出しさえすればいいのです。自分が無限であったことを。
 見えている世界は四次元の自分の意識の投影にすぎないということを。
 見える世界、聞こえてくるものは全て幻であることを。

 幻に幻惑されてはなりません。

意識を高次元に戻し、その事を思い出せば、この肉体をまといながらもゲームを楽しむことが出来ます。

 死とは人生ゲームからの離脱にすぎません。夢中で指していた将棋のゲームの終わりとなんら変わりはありません。

 だからあなたは望んだものは全て生み出せます。
 このことに例外はありません。

 ことの真理に、50%だけ真理というものはありません。
 99%はそうだが1%は違うというものはありません。
 100%そうなのです。

 あなたは成りたい自分になれます。
 欲しいものは手に入ります。
 必要な環境はととのいます。望むままに。


 「そうは言っても人の気持ちは変えられないじゃないか」と言う人がいます。
人はあなたの外側にいると思っている限り、人を変えることは出来ません。

しかしあなたが見ている他人は全てあなたの心の内にしか存在していません。

他人はあなたの認識です。

あなたの意識が変わればあなたの認識も瞬間で変わります。

すなわち他人も瞬間で変わってしまいます。

 あなたのまわりの他人が変わらないとしたら、それはあなたが変わってないという何よりの証拠です。

あなたは進化したいですか、したくありませんか? 

あなたが変えたい他人がいるとしたら、それはあなたのハイアーセルフが、あなたに変わって欲しいというメッセージとして、あなたに見せている映像にすぎません。

困った人がいるのではなく、あなたに「困った人だ」という認識があるだけです。

 この世に困った人間などいないのです。

それはあなたのために困ったふりを演じてくれている、とても大切な人にすぎません。

あなたにとって一番感謝しなければいけない人かもしれません。


 あなたは無限です。あなたにいかなる限定も、制限もありません。
 これは100%そうなのです。


津留晃一メッセージ集「人生はゲームである」 より引用


ハート

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今日もお読み下さり、ありがとうございます。゜。(*-ω人).゜。

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