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自己中心でもなく、他者中心でもなく


精神世界でも自己啓発の世界でも、「自己中心的だと幸せになれない」と言われていますよね。

学校で習った道徳の授業でも自己中心的な行動は良くないこととされ、人に親切にしましょう、思いやりを持とう、と教えられています。

そんなことは知ってはいるけれど、普段は忘れていつの間にか自己中心的になっていたり、「なかなかそうはなれない」と思ったり、「自分のことしか考えられない」ということが多いと思います。

「だって、自分のことだけで精一杯だもの・・」(´;ω;`)

でも、それでは幸せにはなれないという・・

いったい、どうすればいいのさ・・く(""0"")>!!

そもそも、なぜ「自己中心的」だと幸せになれないのか?

幸せを「感じられない」のか?

本当に実感を伴って理解しているでしょうか?

その実感さえ感じられれば、腑に落ちると思いませんか?

では、どうやったらその実感を感じられるのでしょうか?

実践1・自己中心的な動機から感じてみる


まずは「自己中心的な動機」から試してみましょう。

家族や友人、同僚、お客様などの他者に対して

「自分が好かれたい」

「嫌われたくない」

「自分の評判を上げたい」

などの「自己中心的な動機」から言葉をかけたり、行動すると想像してみます。

たとえば落ち込んでいる友達や、困っている人に優しい言葉をかけたり、アドバイスをすると想定してください。

「自分が好かれたい」

「自分が優しい人だと思われたい」

「役に立つ人だと思われたい」

という、相手のためを思ってではなく、自分のためを思って 言葉かけをするとき、

あなたはどんな気持ちを感じますか?

実際にハートに手を当てて感じてみてください。

こういうとき、すぐに思考が始まって、頭で想像したり、考えて理屈を話しだしたりすることがあります。

思考よ、(#゚Д゚)ダマレ!!

沈黙するんだッッ!


頭で考えるんじゃないよ~!

じっくりと時間をかけて、ちゃんと気持ちを感じてみるんだ!

「Don't think , Feeeeel!」

考えるな!感じろ!


by ブルース・リー 「燃えろドラゴン」より

どうだい?どんな気持ちを感じたかい?

「こんな気持ちを感じたでしょう?」みたいなことは、ここには書きませんよ?

書いちゃうとみんな先に読んじゃって、感じることを実践しませんから。

それじゃ意味ないでしょう?

実践2・他者中心的な動機から感じてみる


次に、「他者中心的な動機」から感じてみましょう。

「この人は今、落ち込んでいる」または「困っているようだ」

と気がついたとき、

「どうすればこの人の気持ちを励ましてあげられるだろう?」

「この人のためにできることはなんだろう?」

「この人の役に立てることはないか?」

と、自分のことは忘れて、人のためを思って考え、行動したり言葉かけをすると想像します。

どんな気持ちを感じますか?

実際にハートに手を当てて感じてみてください。

どうですか?

気持ちの違いを感じますか?

さっき感じた気持ちとの違いがわかりますか?

だが自己犠牲、てめえはダメだ・・
他者犠牲、おまえもな・・


さて、「自己中心的な動機」と、「他者中心的な動機」のふたつの動機から気持ちを感じてみました。

違いを感じ取れたなら、どちらの気持ちが心地よかったか?

どちらの動機からの気持ちが快適であったか?


ご理解いただけたかもしれません。

これが、「自己中心的であればあるほど、不幸なのだ」と説かれている理由ですね。

頭ではなく、理屈ではなく、実際にハートで感じてみればすぐに納得できることだったでしょう?

しかしここで、気をつけておきたいことがあります。

よく起きる誤解に、自己中心をやめて他者中心になったら、自己犠牲になってしまうということがあります。

これはいけません。

自己犠牲は他者犠牲と同じだからです。

自分を犠牲にすることと、他者を犠牲にすることは、「犠牲にする」という行為として同じですね。

「自分さえ我慢すればいい」というのは、

他者に対して「こいつさえ我慢すればいいんだよ!」というのと同じです。

いやじゃろ?

よく、「自分がされてイヤなことは、人にしてはいけません」と言われますが

「人にしてはいけないことは、自分にもしてはいけない」のです。

Win - Win への道


じゃあ結局、どうすりゃいいのさ??(・ω・*≡*・ω・)?

ってことですけど、お互いにとって犠牲のない、ベストな落としどころを考えて行動していきましょう、ってことですね。

これが世に言う 「Win - Win」 ってやつです。

バランスをとって調和できるように、自分なりに動機を確かめながら、感じて、考えてみましょう。

こういうときの思考は役に立ちますよ?

普段の思考はいらんことばっかりやらかしますけど・・。

人や社会の役に立ち、貢献でき、自分にとっても心地よいこととは?

自分の出来る範囲で、なにかできることはないか?


こういうときにこそチカラを発揮するのが、本来の思考の役割です。

思考の本領発揮です。


「自分はダメだ。なぜならば~~だし、~~だから」

「あいつはダメだな・・。~~だから」

とかね、もうそんな自分や他者を害するアホなことに思考を使うのはやめようぜ!

もう、うんざりさ! ╮(╯∀╰)╭ 

自己中心でもなく、他者中心でもなく
中心はいずこへ?


さて、自己中心でも他者中心でも、中心をどちらかに置くと、一方的にどちらかに偏ってしまいますよね?

自己犠牲か他者犠牲になりやすいですね。

では、中心はどこに置けばいいのか?

って思うじゃろ?

どこにも置かないのです。

中心は、どこにも置きません。

意識には中心など、どこにもありませんから。

しかし、これが 「なるほどわからん!」 と大評判ですよ・・。

「もっとわかりやすく説明して!」とか、「どうすりゃいいのさ!?」とか言われますが、察してくれ・・言葉で説明するのは難しいのよ~。

けれども、わかりやすくどこかに中心を置きたいのであれば、

「自分と他者のあいだ」

「自分と状況のあいだ」

「自分と社会のあいだ」

に中心を置く、と想定するとわかりやすいかもしれません。

豊かさとは


次のことを何週間か試して、結果がどうなるかを見ていただきたい。

人々が物惜しみをして与えてくれないと思っているもの

-- 賛辞、感謝、援助、愛情をこめた気遣い、等々 --

を自分から他人に与えるのだ。

そんな持ちあわせはない、って?

あるようにふるまえばよろしい。

そうすれば出てくる。


そして与え始めるとまもなく、与えられるようになる。

与えないものは受け取れない。

出力が入力を決める。

~中略~

すべての豊かさの源泉はあなたのなかにある。

あなたの一部なのだ。


~中略~

自分に終始問いかけてみよう。

「ここでは私になにができるだろうか。

どうすればこの人の、この状況の役に立てるだろう?」


何も所有していなくても豊かさは感じられるし、いつも豊かさを感じていると、豊かさは向こうからやってくる。

豊かさはすでにもっている人にだけ訪れる。

そんなのは不公平じゃないかと思われるかもしれないが、もちろんそんなことはない。

これは普遍的な法則だ。

豊かさも乏しさも内面的な状態で、それがあなたの現実となって現れる。

イエスはこれを次のように説明した。

「もっている人はさらに与えられ、もたない人はもっているものまでも取り上げられる」。

「ニューアース」 エックハルト・トール著 P208~より

いかがでしたか?

まずはきちんとご自身のハートで、気持ちを感じるところから試してみてください。

「気持ちを感じる」のに、すぐに「頭に意識をもっていかれる」ことが多いのが現代人です。

意識はハートに置きましょう。

頭に意識が引っ張られていては感じられませんよ?


最初はうまくいかないかもしれません。

でもね、慣れですよ。

ちゃんと続けていけば、そのうち慣れていきます。

最初から、1回目からうまくやろうとしなくてもいいんです。

自転車に乗れる人なら、最初の練習一回で乗れるようになったなんてことはないでしょう?

車の運転をする人も免許が取れるまで大変だったし、取れたあとでも運転に慣れるまでは怖かったですよね?

今はどうですか?

自転車も車も、ほとんど無意識に乗れるようになっているのではありませんか?

途中であきらめなかったからですよね?

大丈夫!必ず慣れてうまくいくようになりますよ!

皆さまに恩寵が訪れますように!+。:.゚ヽ(´∀`。)ノ゚.:。+゚

ハート

長文お読み下さり、ありがとうございます。゜。(*-ω人).゜。

☆*:;;;;;:*☆ТНАΝК У○∪☆*:;;;;;:*☆

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