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「苦しまないと解放されない」という勘違い


「苦しみが極まらないと解放されないのですか?」

「苦しみが軽くなって楽になってきたのですが、これではダメなんですか?」

というご質問をいただきました。

ちゃうねんどっ!! チャウチャウ!(ヾ(´・ω・`) 

苦しみが極まらなくても解放が起きるのなら、それでいいじゃないですか?

苦しみが極まることなく楽になってきたのなら、なによりじゃないですか?

苦しみの果てに「降参と明け渡し」が起き、ゆだねと解放が訪れるのは確かではあります。

そのような体験はよくありますし、よく耳にすることでしょう。

ですが、「そうでなくてはならない」ということではありません。

解放のプロセスで、そのようなこと、つまり、苦しみが極まることはよくあります。

だからといって・・

「よ~し!それなら、この苦しみを極めるぞ~!!」(`・ω・´)

「よっしゃ!もっと苦しんだろ!」٩(๑òωó๑)۶

って頑張っちゃうひとがいます・・

ちゃうねんどぉ!!((-ω-。)(。-ω-))フルフル!

プーチン2おまえは何を言っているんだ


要は、「苦しみが終焉」すればいいんですよね?

手段とかプロセスが目的になってしまうのは本末転倒です。

この辺のところは理解しにくいかもしれませんが、

思考でどうにかなるものではないのです。

だからこそ、起きるに任せるのです。


自己の明け渡しは真我探求と同じものであり、

そして両方とも必然的に
自己制御を意味している。

エゴはより高い力を認めるときにのみ服従する。


(ラマナ・マハリシの教え P111)


はすの花1

お読み下さり、ありがとうございます。゜。(*-ω人).゜。

☆*:;;;;;:*☆ТНАΝК У○∪☆*:;;;;;:*☆

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