FC2ブログ

ホーム目覚め ≫ 思考や感情は「どうやって」選べばいいの?

思考や感情は「どうやって」選べばいいの?


いま流行りの♪前前前世・・(RADWIMPS ね)じゃなくて、前々回の記事 → もし、思考も感情も自分で選べるとしたら?

について、「どうやって選べばいいの?」というご質問をいただきましたので、お答えしたいと思います。

ランチを選ぶように


まず、「どうやって選べばいいの?」というご質問から察するに、「思考や感情を選ぶためには、ある種の『技術・テクニック』が必要」と思い込んでいるのではないでしょうか?

特別なテクニックなど、なにもいりません。

難しく考えないでくださいね。

ランチを選ぶとき、「どうやって選べばいいの?」とは、なりませんよね?

自分の好みや、そのときの気分や体調などで気軽に選んでいませんか?

それと同じです。

ちょっと写真を観てみましょう♪

・和定食
SAWA_saikyouteisyoku_TP_V.jpg


・ハンバーグ
PAKS_BISTROBB-thumb-autox1600-15662.jpg


・カレーとサラダ
SAWA_karesarada-thumb-autox1600-19149.jpg

どれも美味しそうですね~!( ˆpˆ )

さあ、今のあなたなら、どれを食べたいですか?(「・ω・`)・・・ドレドレ

迷いますね~。ゥ─σ(・´ω・`*)─ン…

でも、「どうやって選べばいいの?」とはなりませんよね?

「昨日は和食だったし、久しぶりにカレーを食べようかな」とか、「やっぱりハンバーグが一番好きだな」とか、そんな感じで決まっていくのではないでしょうか?

思考や感情を選択するのも、同じ要領です。

しかも、実はランチよりも選びやすいのですよ。


なぜなら大抵の場合、「自分や他者を 傷つける 思考・感情」か、「自分も他者も 健全でいられる 思考・感情」のふたつにひとつだからです。

あなたは、「自分や他者を 傷つける 思考・感情」を、わざわざ選びたいですか?

健康に良い材料で作られた美味しそうなランチと、あきらかに不健康でお腹を壊しそうなランチのどちらを選びますか?

このとき、「どうやって、身体に良いランチを選んだらいいの?」とは、なりませんよね?

自分や他者を傷つけたくなければ、考えるまでもなく、健康的なほうを選びませんか?


なぜ選べないと思ってしまうのか?


「そうは言っても、選べる感じがしない。まったく選べない・・」と思いますよね。

なぜ、思考や感情を選べないと思うのでしょうか?

それは・・

普段は思考を意識していないので、無意識のうちに「自動的・機械的に習慣で」思考が出っぱなしになっているからなんですね。

「意識されず、観察も検証もされていない思考」に、あなたは物心ついた頃から、ずっと支配されてきました。

思考の奴隷になっていました。


なので「みずから選べる」なんて、気がつきもしなかったでしょう。

「だって思考は勝手に出てくるんだし、選ぶヒマや隙もない。いつ選ぶの?」って感じではないしょうか。

なぜ思考や感情は発生するのか?
発生する直前には何が起きているのか?


そもそも、なぜ思考や感情は発生するのでしょうか?

思考が発生するには、その直前になんらかの「判断=ジャッジメント=決めつけ」と「反応=リアクション」をしているはずです。

起きた事象に、あなたがなんらかの判断・決めつけをし、反応したのです。

それは大概、善悪・好悪の判断・ジャッジメントです。

そうではありませんか?

内観して、よくよく検証してみてください。

よく晴れた日に出かけ、突然の雨に見舞われたとしましょう。

傘は持っていません。

「く(""0"")>なんてこった!! 天気予報ではなにも言ってなかったじゃないか!ホントにムカつく!」

はいこれ!突然の雨に見舞われたこと、濡れてしまうことを「悪いこと・イヤなこと」と判断しませんでしたか?

エゴは 「状況」と 「状況に対する解釈および反応」 を区別できない。

「なんてひどい天気だ」と言うあなたは、寒さや風雨その他あなたが反応した状況が「ひどい」わけではない、と気づかない。

ひどいと反応したのはあなたであり、あなたのうちなる抵抗であって、ひどいなあという感情は、その抵抗が生み出したものだ。

シェークスピアの言葉を借りれば、「ものごと自体には良いも悪いもない。良いか悪いかは考え方ひとつ」なのである。

エックハルト・トール著 「ニューアース」 P124~病的なエゴより抜粋


最初に「ひどい=悪いことだ」という判断・反応をし、抵抗をしました。

その抵抗が、「ひどいという感情」を生み出したということですね。

身体は頭のなかの声が語る物語を信じて反応する。

この反応が感情である。


そして今度は感情が、感情を生み出した思考にエネルギーを供給する。

これが観察も検証もされない思考と感情の悪循環で、感情的な思考と感情的な物語づくりにつながる。

エックハルト・トール著 「ニューアース」 P150より抜粋

実際にご自身の内観によって調べて検証してみれば、この「思考と感情が生み出す、不幸な物語が作り出されるメカニズム」がご理解いただけるのではないかと思います。

思考による善悪・好悪の判断・反応 → 抵抗 → 否定的な感情の発生

さらにその感情に、思考が創作した不幸な物語がくっついたときに、不幸が誕生します。

「感情そのものは別に不幸ではない。感情に不幸の物語がくっついたときにだけ、不幸になる」
(「ニューアース」P182)


抵抗を選ぶのか
あるがままを選ぶのか


ここまでくれば、だいぶ見えてきたのではないでしょうか?

まとめてしまうと、

「あるがままに対する否定と抵抗」

これがわたしたちを苦しめている元凶だとわかってきます。

まずは「あるがままを認めて、受け入れる」

そして改善できる可能性のあることはすべて試します。実際に行動します。


「あるがままを否定し、抵抗する」のか、「あるがままを認めて受け入れるのか」

これが選択です。


思考と感情の選択とは、根本的にはそういうことなのです。

もしなにもかもが「オーケーである」と本当にわかっているなら(もちろんこれは真実です)、そもそもネガティブな感情を抱くでしょうか?

決めつけがなければ、「すでにそうであるもの」に対する抵抗がなければ、ネガティブな感情も、わき上がってくるはずがありません。

「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」 P112より抜粋


実践編・今すぐ選んでみよう!


根本的なところまで説明したので、「なんだ答えはいつも同じだ。シンプルだな~」と腑に落ちた方も、かえって難しく感じてしまった方もいらっしゃるかもしれません。

理屈はもうお腹いっぱい!( ;ノ´Д`)ノ≪ダメ━ヤダ━アカン!!

そうですね。それでは実際に試してみましょう。

いま、ネガティブな感情を思い出して感じることはできますか?

恐れ・・不安・・怒り・・イライラ・・落ち込み・・悲しみ・・

まずはそれらの感情を否定せず、我慢せず、抑圧せず、嫌がらず、避けようとせずに、ありのままに認めて感じてみてください。

大丈夫です。

感情さんというお友達を部屋に迎え入れる感じでやってみてください。

どんな感情もあなたの大切なお友達です。


そして、その感情さんの気持ちを 黙ってきちんと聞いてあげます。

ジャッジしません。裁いたりしてはいけません。

感情というお友達に 「そんなことを感じたらいけないよ」 などと、お説教してはいけません。

「そうか、そういう気持ちなんだね・・」と、思いやりを持って最後までちゃんと気持ちを聞いてあげます。

それが感じきることです。


じゅうぶんに聞いてわかってあげたら、その段階でかなり感情さんは癒されているはずです

さあ、ここからが選択です

その感情を感じたということは、もとになる思考があったはずです。

それを見つけてみましょう。

あなたは、その感情を感じる直前には、どんな思考・考えを信じましたか?

その思考・考えは本当ですか?

事実に対する「認識」を、「事実そのものだ」と錯覚していませんか?

その絶望的な思考のもっと奥底、一番根底には、

「自分はダメだ・・」とか、「価値がない」とか、「罪人だ」とか・・

「あの人のせいで、あの出来事のせいで、自分は不幸になった」とか、

「わたしは不幸である」

という種類の思考がありませんか?


それは本当ですか?

本当にそうなのですか?

少し・・いや、かなり大げさなのではないでしょうか?

冷静になってみてください。

ちょっと行き過ぎた考えではないですか?


起きた事象は中立で、なんの意味もありません。

あなたが望まない事象だったのでしょうが、「自分が望んでいないことが起きた」

事実はたったそれだけのことです。

それをわざわざ自己否定の考えに結び付けるのはなぜでしょうか?

わざわざ自分を不幸にしてしまう思考を信じてしまうのはなぜですか?

自分を不幸のままにしておきたいですか?


そんなことはしなくても良いのではないですか?


あなたにもし選択する自由があるなら、または、選択する自由があるとわかっていたら、苦しみと喜びのどちらを選びますか?

安らぎと不安のどちらを?

平和と争いのどちらを?

あなたにとって自然である、幸福や生きることの喜びを切りはなしてしまう思考や感情を選ぶでしょうか?

エックハルト・トール 「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」 P108~抜粋


健康に良い美味しいランチではなく、マズイうえに自分の健康を損なうランチのどちらを選びますか?

あなたは「選ぶ権利」を行使していますか?

~中略~

問題なのは、あなたが「いま、この瞬間」を敵にまわしているということです。

あなたは内側と外側のあいだに葛藤をつくり、不幸を生んでいるのです。

あなたの不幸は、自身の内面や周りの人だけでなく、人間の集合意識にもマイナスの影響を及ぼしているのです。

地球の汚染も、人間の心理的な汚染の投影なのです。

多くの無意識の人間が、内面の状態に無責任なために生じた結果なのです。

~中略~

どんな状況に取り組むにしろ、ネガティブ性は、絶対に最適な方法を生みません。

それどころか、ほとんどの場合、あなたを袋小路に追いやり、好ましい変化が起ころうとするのを、さえぎってしまうのです。

ネガティブなエネルギーでおこなわれたことは、すべて汚染され、時間がたつにつれ、さらなる痛みや不幸を生みます。

また、内面のネガティブ性は、たちの悪いことに、伝染してしまうものなんです。

不幸は、どんな病気よりも簡単に伝染します。

~中略~

あなたの心は地球を汚染していますか?

それともきれいにするほうに貢献していますか?

自分の内面の状態に責任を負っているのは、ほかの誰でもなく、自分自身です。

わたしたちひとりひとりが、地球環境に責任を負っているのと、まったく同じ理屈です。

人類が内面の汚染をきれいにすることができれば、環境を汚染することもなくなるでしょう。

内面の状態に、外界がならうからです。

エックハルト・トール 「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」 P108~抜粋


さあ、選びましょう!今この瞬間に!

いろんなことがあったでしょう。

いまも、試練の真っ最中かもしれません。

つらく、苦しく、出口の見えない真っ暗闇のトンネルの中で、もがき苦しんでいる最中かもしれまん。

でも、大丈夫です。

どんな人でも、どんな状況・状態であっても、大丈夫なのです。


あなたはダメでもなく、不幸のままでもありません。


この段階で、「ああ、そうだ!わたしは極端な思考とストーリーを信じ込んでいたんだ!」と気づいたのなら、思考とストーリーの嘘を見抜いたことになります。

この段階で、もうネガティブな思考は解放され、自分を痛めつける思考を選択することはなくなっていることでしょう。

それでも、もしまだ、

「自分はダメだ・・」とか、「価値がない」とか、

「あの人のせいで、あの出来事のせいで、自分は不幸になった」とか、

「わたしは不幸である」という思考が消えずに残っているのなら、


「それでも わたしは 大丈夫!」

「なにがあっても 大丈夫!」


という思考を選択してみてください。

実際、過去になにがあったとしても、今現在、なにが起きていようとも、これから何が起きようとも、本質のあなた・あなたの本質はまったく大丈夫なのです。

苦しんでいるのは 自我 であって、意識であり、気づきそのものであるあなたの本体では、なにも問題は起きていません。

「どんなことが起きても、そこには人生が与えてくれた意識の進化のための体験があるだけなのだ。 だから、わたしは 大丈夫!」

どうでしょうか?

安心感が広がってきませんか?

パワーを感じませんか?

ハートにエネルギーが満ちてきませんか?


これが、選択のパワーです。

KAZ93_kosumosu02_TP_V.jpg

今日も長文お読み下さり、ありがとうございます。人´∀`).☆.。.:*ありがとぉ

☆*:;;;;;:*☆ТНАΝК У○∪☆*:;;;;;:*☆

Ads by Google


 

応援クリックお願いします♪
↓ ↓ ↓
にほんブログ村 健康ブログ セラピストへ
Copyright © セラピールーム《クオリア》 All Rights Reserved.
当サイトのテキストや画像等すべての転載転用・商用販売を固く禁じます
RSS1.0 | 管理モード | template by 風花スタイル