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24年前の夢の話


前回の記事で少し触れましたが、の中でガイドしてくれる声の主(以下、ガイドさんと呼ぶことにします)に初めて出会ったときのエピソードと、どんなことを見聞したのかを記録しておきます。

しつこいようですがの話です。
ファンタジーのつもりで読んでくださいね。(^-^)b

忘れもしない1993年の元旦の明け方のことでした。

なぜ覚えているかというと・・

鮮明に覚えている3つの理由


とても大事な内容だったのでしょう。
24年も経った今でも鮮明に思い出せるのには、3つの理由があります。

1・内容が強烈だった

2・を見たのは1993年ですが、前年の1992年に娘が生まれて、初めて迎えた元旦の朝のだった

3・翌年の1994年の元旦の朝にも、まったく同じを見た

いくら忘れっぽい私でも、これなら忘れにくいですよね。

ガイドさんの周到で緻密な計画だったのかな?と思います。

クリアな意識状態


前回の「ケプラー22b」のもそうですが、ガイドさんが現れると、普段の日常的なとの違いは、夢の中での「意識状態」にあります。

普段の夢はどこか頭がぼんやりとしていて意識が鮮明ではなく、内容も脈絡がなかったり支離滅裂だったりします。

登場人物は私を含めて言葉で話し、そのセリフも軽いものです。

そして、目が覚めたらすぐに忘れてしまいます。

ところが、ガイドさんが出てくる夢は 意識がとてもクリアでハッキリしています。

驚くのは、起きているときの意識状態よりも、はるかにハッキリとクリアな意識なのです。

視力もクリアで、遠くまでよく見えます。


言葉は使わず、内容も首尾一貫しており、ガイドさんの伝えたいことが頭の中に瞬時にダイレクトに入ってきます。

そして時間が経っても、決して忘れることがありません。

まるで頭の中にダウンロードされたような感覚です。


普段の夢とはまったく次元が違うのです。

地球の夜明け

地球の未来


さて、夢の内容について。

気がつくと、私は宇宙に浮かんで地球を見ていました。

それは前回のケプラーと同じですが、ケプラーはつい最近の夢であり、こちらは24年前に初めてガイドさんが現れたときの夢です。

ちょうどこの写真のように、地球の全体像が明るく見えていました。

NASA Earth Observatory
NASA Earth Observatory

そして初めて、ガイドさんの思考が唐突に頭の中に飛び込んできました。

「今からあなたに見せたいものがある」

そう言われて驚いていると、次の瞬間、ものすごいスピードで地球に急接近していき、ある場所にピンポイントで降り立ちました。

グーグルアースで上空からピンポイントに指定した場所に行くような感じに似ています。

そこで見たのは火山の噴火でした。大量の噴煙と火の玉が降ってきました。

次の瞬間にはまた宇宙に引き上げられ、別の場所に急接近して降りていきます。

次の場所では、大きな津波を見ました。

そしてまた宇宙に引き上げられ・・

その繰り返しで見たものの多くは自然災害でしたが、戦争か紛争のような光景もありました。

アフリカ大陸へ降りたとき、大量殺戮のあとを見ました。

乾いた大地の真ん中に通る一本道の両脇に、たくさんの人たちの亡骸が累々と続いていました。

ヨーロッパらしい美しい街並みを背景に、戦争のような騒乱を見ました。

アジアのどこか、もしくは日本なのか、駐車場にたくさんの亡骸が山のように積み上げられている光景も見ました。

地震については世界各地で起きているのを見ました。

どの場所でも人々の顔には恐怖が浮かび、みな混乱して逃げ惑っていました。

私はどの場所でも現地に降り立っていて、すぐ目の前で見ているのです。

あまりにもリアルで迫力のある情景に、私も逃げ回り、恐怖で気を失いそうになりました。

するとまた宇宙に引き上げられて、地球を見る位置に戻りました。

地球はゆっくりと回転していました。

夢の中にも関わらず、恐怖で私の精神力はもう限界、今にも気が遠くなりそうだったそのとき、ガイドさんの思考がまた飛び込んできました。

それはとても力強い声のように聞こえました。

「地球はこれから、大きな混乱と苦難を経験するだろう。

だが、それからなのだ。

そこからやっと、黄金時代が到来し、千年王国が始まるのだ」


私はまだ、恐怖と混乱が収まっていませんでした。

しかし、地球は何事もなかったかのように、ゆっくりと回転しながら美しく輝いていました。

次第に落ち着きを取り戻し始めた私に、ガイドさんは強く厳しい感じで、こう言い残して去って行きました。

「決して絶望してはならない」

ハッ!と目が覚めたら、空が白み始めていました。

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信じなかった私に ガイドさんはもう一度 訪れた


とにかく強烈な夢だったので、起きてからもしばらく心臓がバクバクしていました。

「私は一体なにを見たのだろう?どんな意味があるのだろう?」

数日が過ぎ、数週間が過ぎ、数ヶ月が過ぎていくと、思い出すたびに気分が沈むようになりました。

「ひどい夢を見たものだ。早く忘れよう」

と思い、育児が忙しかったこともあり、思い出すことをやめたのでした。

夢の直後には「あれは真実だ」と確信していたのに、時間が経つにつれ、「あれは単なる妄想めいた夢だったのだ」と信じなくなっていったのでした。

そして迎えた1994年の新年。

元旦の明け方に、あの夢が再び、最初から最後までまったく同じ内容で再現されたのでした。

数々の場面も、ガイドさんの思考もセリフも寸分違わず、同じ夢を見たのです。


ガイドさんは再び言い残しました。

「決して絶望してはならない」

そのような夢を見たいと思ったことは一度もなく、むしろ迷惑千万なのですが、2回もまったく同じ夢を体験してしまったことで、忘れられず、少しは信じざるを得ないようになりました。

回避できる可能性


さて、夢の内容の多くはその後に実際に起きてしまいました。

ニュースを見ていれば「あの場面だ。このことだったのか」と瞬時にわかるのです。

「やはり本当だったのか・・」

これから起こることを思うと、絶望的な気持ちになりました。

そのたびにガイドさんの言葉が再生されます。

「決して絶望してはならない」 と。

ところで夢で見た場面の中では、いまだに起きていないことがいくつかあります。

そのひとつが、アジアか日本の街の駐車場に積み上げられた、たくさんの亡骸の場面です。


それはまだ起きていません。

もちろん、起きて欲しくありません。

私たちの意識状態によっては、起きずに済むことがたくさんあります。

ひとりでも多くの方の意識が目覚めていくことによって、回避できると確信しています。

なぜ「希望を持て」ではないのか?


さて、ガイドさんの言葉ですが、なぜ「希望を持て」とは言わず

「決して絶望してはならない」

と言ったのか?

その後、何年も考え続けました。

ガイドさんは答えはくれませんので、自分なりに考えたり、感覚を感じたりするしかありません。

私なりの推論ですが、「希望を持て」と言ってしまうと、「目の前の危機に向き合うことを避けてしまう可能性がある」ということです。

「『希望を持て』と言われたのだから大丈夫なんだ」

と、「希望のある未来に意識が向かってしまい、今この瞬間の危機を見逃してしまう」のではないかと思うのです。

それに対して「絶望するな」であれば、「絶望的な今この瞬間にも、しっかりと向き合って対処していく意識になる」のではないかと。

あくまでも私的な推論です。

異論もあると思います。

それぞれが謎解きのように洞察するのが良いのではないかと思います。

最後に、ガイドさんと、偉人の言葉で締めくくりたいと思います。

地球はこれから、大きな混乱と苦難を経験するだろう。

だが、それからなのだ。

そこからやっと、黄金時代が到来し、千年王国が始まるのだ。

(なので)決して絶望してはならない。

世界は苦難に満ちているが、それを乗り越えた事例にも満ちている。
ヘレン・ケラー


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今日も最後まで長文をお読みくださり、ありがとうございます。<(_ _*)>

☆*:;;;;;:*☆ТНАΝК У○∪☆*:;;;;;:*☆

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